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    ブログ、お引越し中
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       すみません。このブログの管理をしている管理人ことミーはーちゃんです。

      いろいろ、動画が張れない(仕様です)、画像の処理がうっとうしい(仕様です)など参加者の皆さんからのお願いに配慮して、ブログお引越しすることになりました。

      移転先はこちら。
       ↓
      http://kingjesusgospeljapan.blogspot.jp/
      (福音の再発見ファンサイト)

       なお、このブログサイトは存続しますが、新規記事は、上記ブログサイトのみでの公開予定でございます。ブログ記事も、移転しましたので、過去記事に関しては、両方同じ記事でございますが、これ以降につきましては、上記ブログサイトをご利用いただき、関連記事をご清覧いただきたくぞんじます。

       よろしくお願いいたします。
      | キング・ジーザス・ゴスペル・ファンクラブ管理者 | ごあいさつ | 08:28 | comments(0) | - | - | - |
      「福音の再発見発売後の反応」への反応
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        タカ牧師です。

        久し振りです。
        現在自分の教会のブログ、NTライト読書会ブログ、NTライトFB読書会、と色々抱えて少し忙しい。

        発売後1ヶ月が過ぎ、昨日御茶ノ水CLCブックセンターにおける出版記念インストアートークイベント(何と長いカタカナの名前!)も無事終了し、幾らか落ち着いた。

        と言うところで既にご紹介した「反応」の中から面白そうなもの(このシリーズで取りあげないものは面白くないと言う意味ではありません。)、つまりどちらかと言うと辛口の論評を込めたものを取上げてインターアクションの場としたい。

        それでトップバッターは、いち早く3本も速攻で書評を書いてくれた、久保木牧師のものからスタート。

        いやそれにしても身軽で機敏と言うか・・・タジタジ。
        十字架の贖罪死への一点集中が「福音」?
        基本的に、この本が前提とする「福音派」とは
        十字架による贖罪に一点集中の「福音」理解を持ち、
        聞き手に決心をさせることを重視する人たちのようです。
        いちいち脚注をつけると文章がうるさくなるので読者の方々には不親切だが適当にカタカナの名前も入れながらこの掴み方を考えてみよう。(参考までに拙ブログの福音主義とは何かをご覧あれ。)

        ベビントンによる福音主義の特徴の一つとされるのが「十字架中心主義」だ。もう一つの「回心主義」も久保木先生のまとめ方でカバーされている。(残る二つは「聖書主義」と「(海外伝道や社会改革に向けた、と補った方が分かりやすいかな)行動主義」)

        マクナイトが問題にしているのは、確かに「十字架中心贖罪論」であり復活がかなり視界から外れていたりすることを指摘していないわけではないが、ポイントは贖罪論といって過言ではない。

        ただマクナイトの問題は福音派の
        (十字架中心贖罪論で代表される)救済論そのものではない。復活の後退を問題視しつつも「救済論」の中身をどうこう言おうとしているわけではない。

        45ページの図2と、55ページの図3とを比較して頂くとお分かりになると思うが、福音の福音たりえる所以は、イエスが旧約聖書のストーリーを成就するという枠組みの中で初めて「福音」の意味が明らかになってくるのに、言ってみればその基礎部分を捨象して、上物(建物)となる救いのメッセージがその物語から切り離されて「四つの法則」のように簡略化された形で提示されていることを「矮小化」と言って問題視しているわけだ。

        久保木先生は自教団での神学教育をご披露なさっているが、大変面白かった。
        恐らくナザレンの神学的伝統(アルミニアン・きよめ派)にとっては対立軸となる改革派神学(バルト、モルトマン)からより大きい影響を受けた、と言う興味深い経歴の持ち主な訳ですね。
        自派の神学的伝統にガチガチに縛られて他派の神学的伝統など一顧だにしない・・・何ていう態度よりはよっぽどおおらかでいいと思いますが、指導的な役割を果たしたであろうK先生の個人的な影響の故、となっていなかっただろうか。
        果たして自派の神学的伝統とちゃんとした折り合いをつけた上での改革派神学の吸収だったのだろうか。

        ま、でも、その後、神学校でウェスレーが語られなくなり、バルトやモルトマンの神学から、どちらかというと神の一方的な恩寵が中心に語られ、決心を問う傾向は大きく後退するようになったし、聖書信仰ではなく、批評学的な立場に立つ神学によって立つようになってきました。
        との述懐にあるように、(タカ牧師も自派のことを超えて他の群れをとやかく言える立場にないのですが)いわゆる「つまみぐい」で神学的伝統が断絶したり、捩れたり、未消化のまま時に相対立する要素を内包したままになっている現状があるのではないでしょうか。
        これは特に特定の教派の問題ではなく、自派の殻を破って他の神学的要素を積極的に取り込む、いい意味では懐の深い教団に表れやすい問題ではないかと思うのです。

        K先生の引退なされた(?)後はどうなったのでしょう。K先生の個人の神学的遺産のままで終わり、教団のDNAとして受け継がれたのでしょうか。

        その辺りの継承はなかなか難しいことではないかと思います。

        さて大分脱線してしまったかもしれませんが、「福音の再発見」が自分の教団の神学的由来・その後の変化などを省みるきっかけになったとしたら、それもまた由ではないかと思います。

        ナザレン教団のJEA加盟に関して取った態度など、実はもっと教えていただきたいところですが、余り風呂敷を広げてしまうと読者も混乱するでしょうからやめておきましょう。(福音派の聖書主義と批評的聖書学への態度が非加盟の理由なのかな、と推理しますが・・・。)

        宗教改革のいちばんの貢献は(ルーテル派、改革派、アナバプテスト派、それぞれに)、福音の重心を人間の応答と個人的責任へと移動させたこと、そしてその責任を強調するような方向に向かって福音を発展させたことだった。(97頁)
        と書いてあるんですけど、これが全く理解に苦しみます。
        教理史の専門家はこれにどう答えるんでしょうね。
        ルターが福音の重心を人間の応答と個人的責任へ移動させた?
        そうなんですか???
        宗教改革そのものというよりも宗教改革の流れを汲む中での発展として、福音が個人主義化してしまったとは思うんですが…。
        久保木先生は「個人の発見」と言う宗教改革の正の遺産(とマクナイトも多くのプロテスタント近代の視点に立つ者たちが評価する)と、近代啓蒙主義の鬼子として現代社会の病巣の一つの原因となった「(行過ぎた)個人主義」と言う負の遺産の問題とを混乱させているように思われます。

        カトリック教会(宗教改革後のプロテスタント国民教会でも問題として継続しましたが)では教会と社会共同体は同心円の関係にあり、その地域共同体に生まれることは即(カトリック)教会の一員となることを意味していました。
        そうすると自覚的信仰と言う観点からは「ノミナル(名前だけ)キリスト者」が大量発生しているわけです。
        「個人の発見」は、その同心円の宗教・政治・社会共同体に包摂されていた間は、「個人」として析出される機会を得なかったわけです。
        ルターは「95か条の提題」などと言う冒険をやったおかげで、教会の権威を一手に引き受けた教皇に反抗すると言うどえらい目に遭わされてしまったわけです。
        彼が自己の良心に照らして自説を撤回しなかった時、(有名な)
        "I cannot and will not recant anything, for to go against conscience is neither right nor safe. Here I stand, I can do no other, so help me God. Amen."
        ここに神と人間の間に何者の人的権威を関与させない「個人の良心・尊厳」が確立した、と後代の(特にドイツの国民的)歴史家は見るわけであり、確かに「個人の発見」と言う歴史的モメントが見られるわけです。

        (あーなんて長たらしい文章になってきたんだ。きのうあれほど○○さんの文章は長い、などと言っておきながら・・・。)

        と言うわけでいい加減着陸せねばならんのではしょりますが、「ノミナルなキリスト者たち」に自覚的回心をして社会と一繋がりの同心円的教会とは区別された(その後は任意に加盟することになる)『教会』が目指されるようになったわけです。

        ウェスレーのメソジスト運動も(ノミナルな)英国国教会の中に回心したキリスト者たちが核となって教会改革をすることを目指していたと思います。

        久保木先生の指摘した「福音が個人主義化してしまった」のは、近代啓蒙主義の影響下で政治と宗教が分離され、宗教が個人的なこと(privatized religion)として(世俗化していく)プロセスで顕在化した現象ではないかと思います。

        でもご指摘の通り教会史における個人の救いに重心を移すパラダイム・シフトの叙述は簡略化された素描であり、教会史的な丁寧なものではありませんので、ご不満を持たれたとしても不思議ではありません。
        確かにマクナイトの論点を明確にするだけの叙述に圧縮されていることはそうなのです。(でもこのような性格の本に教会史の教科書のようなものを期待されてもそれはちと難しいと思いますが・・・。まっ議論のための圧縮と見てあげてください。)

        まっ多少なりともインターアクトしたつもりですが、久保木先生が関心持たれた点をすべて網羅することはとてもとても出来ません。
        幾つか絡んだと思っていただけたらそれで勘弁してください。

        (こんなブログ記事書くの初めてだと思います。まるで往復書簡みたい・・・。)

        それでは、久保木先生におかれましては、ますますその若さと才気煥発を用いて日本の教会を啓発し続けなされるよう、御ブログの発展を心よりお祈りいたします。

        | kojima | KJG | 19:37 | comments(1) | - | - | - |
        CLCBooks お茶の水店で、インストアトークライブ同時中継
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           来る2013年6月23日(日曜日) 午後2時ごろから、CLCBooksお茶の水店様の特設コーナーで、スコット・マクナイト著「福音の再発見」(キリスト新聞社刊)の発売記念イベント インストア・トークライブを開催いたします。

          Poorな技術力でするので、画像は洗いし始めてやるので、間違い、事故等が起きないとも限りませんが、実施いたしますので、ご覧頂ければ幸甚でございます。

          有線が使えそうにないので、画像はかなり粗いものとなりますが、よろしければお付き合いのほどを。


          公開用の一応このアドレスになりそうです。(変更があれば、このサイトでご連絡いたします。)

          よろしければどうぞ。

          http://www.ustream.tv/channel/king-jesus-gospel-japan
          | キング・ジーザス・ゴスペル・ファンクラブ管理者 | ごあいさつ | 22:31 | comments(0) | - | - | - |
          第2刷 刊行決定でございます。m(_ _)m
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             皆様、お待たせしております。

             特に、地方部の皆様、また、ネット書店経由で、お買い上げをご予定の皆様、お待たせしております。再刷の作業に入りました。1ヶ月経つか経たないうちに、各地のキリスト教書店で、流通在庫切れ(今週の月曜日、お茶の水CLCで見てきましたが、お茶の水CLC様には、流通在庫を確保しておられたらしく、在庫がございました。22日のインストア・トークショー用のイベント用にも、在庫を抱えていただいているようです。ありがとうございます。)

             実は、出版元のキリスト新聞社には、現在在庫がない状態。急ぎ、再刷の手配をいたしたのですが、微調整もあり、再刷決定が月曜日にずれ込んだ関係で、お待ちいただいております読者の皆様をはじめ、各地の書店関係者の皆様大変ご迷惑をおかけいたしております。

             すべて整いましたので、現在印刷を行っております。

             早ければ来週の水曜日、遅くとも、今月末には、キリスト新聞社様に1000部入荷する予定でございますので、今しばらくお待ちください。

             お待たせしております間、拙ブログ関係者全員が1押しの書籍、福音の再発見した結果、この地上でキリスト者としてどう創造的に生きるのか、ということについての書籍、ポール・マーシャル著「わが故郷、天にあらず」をご推薦いたしく存じます。一度、手に取っていただき、ご高覧いただければ幸甚に存じます。

             これまでのご愛顧に心から感謝いたしますとともに、今後とも、引き続き、お引き立て、ご友人の皆様にもご紹介のほど、ず、ず、ずぃ〜〜とよろしくお願い、あ、も〜〜しあげます。
            | キング・ジーザス・ゴスペル・ファンクラブ管理者 | - | 07:31 | comments(0) | - | - | - |
            出版記念イベントのご案内
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              ミーはーちゃんでございます。

               あーとうとう、福音の再発見、出版されました。

              まずは、お礼をば…

               皆様、お買い上げいただき、またご紹介いただき、心から御礼申し上げます。東京以外では、なかなかお手元に届かない、というお嘆きの声をお聞きいたします。これに関しては、こころから、お詫び申し上げます。楽天とか、Amazonとかでも、流通在庫が薄いために大変、ご迷惑をおかけしております。


              流通が複雑のようで
               とはいえねぇ、これに関しては、既存流通経路に乗せている以上、致し方がない部分もございます。小説や新書の一般書の流通もいろいろ関係者にヒアリングしていると、結構複雑なんですが、キリスト教書は、もっと複雑。さらに、普通、こんなにキリスト教書売れないようです。

              電書にできない理由もいろいろと・・・

               南の国のコメント王子wwのように、いっそ電書にしちまえ、という考えもないわけではなかったのですが、これは和書の場合だと何とかなっても、洋書の場合は、オリジナルの本の版権をもっている会社との契約条項の関係で、かなり絶望的とならざるを得ないという諸事情がありまして・・・。

              今しばらくのご猶予を
               Amazonでも流通にのりましたが、2013年6月3日現在 納入待ち、楽天Booksさんでも品切れ納入待ち、本屋タウンさんでも版元問合わせ中と、皆様に大変ご迷惑をおかけいたしております。出版元のキリスト新聞社さんでも鋭意努力されておられるようですので、今しばらくご猶予をお願いいたし度。m(_ _)m


              トークショーイベントのご案内

               ご猶予をお願いしておきながら、恐縮ではございますが、出版を記念して、翻訳者の方の来日が緊急決定したので、それに合わせて、この本が生まれた背景などの裏話などをゆるくお話しするトークショーをお茶の水のCLCさんで、開催いたします。

               ぜひお越しください。

                概要は、こんな感じ。

              訳者来日で 緊急開催!
              「つながる」とはこういうことだ!

              それは、1冊の雑誌が新刊された時に始まった。
              そして、一本のブログ記事がネット上に・・・。

              Web3.0社会のキリスト教と
              キリスト教書を考える

                 福音発見
                          ――なぜ"救われた"人たちが教会を去ってしまうのか
                 出版記念インストアトークライブ

              ライブショー登場者
                 中村佐知さん(翻訳者)
                 タカ牧師(本邦初の原著の紹介者)
                 ミーはーちゃん (黒幕w)
                 まっちゃん(出版社 担当代理)

              とき 2013年6月23日(日) 14:00-16:00
              ばしょ お茶の水クリスチャンセンター 2F 
                  CLC Books
              ひと ご関心のある方(入場無料)


              ポスターはこちら。

              Poster


              | キング・ジーザス・ゴスペル・ファンクラブ管理者 | ごあいさつ | 18:06 | comments(0) | - | - | - |
              福音の再発見、発売後の反応
              0
                タカ牧師です。

                聞くところによると「福音の再発見」初版は完売まもなくとのこと。
                先ずは購入してくださった方々、御礼申し上げます。

                購入予定の方はなるべくお早目の方がよろしいかもです。
                老婆心ながら・・・。


                なーんてこと書いてもタカ牧師はその辺のことについては又聞き程度のことしか知りませんので、確かなことは何も申し上げられません。お許しください。

                では発売後の反応また紹介しましょう。

                先ずブログ記事から。

                KGK(キリスト者学生会)関西地区主事、老松望さんのブログ「朝のうちにあなたの種をまけ」に、The King Jesus Gospelと本の原題で記事がアップされています。
                この書は「福音」という言葉の理解にメスを入れるもの
                自分の原体験や教会の常識を聖書に読み込むのではなく聖書そのものから、福音を捉え直すという精力的な内容だ
                決して涼しい顔をして読めるものではなく
                「そこまで言うか?」とヒヤヒヤすることもあるが
                根気良く読み進めていくなら、必ず得るものがあるだろう
                日本ナザレン教団鹿児島教会、久保木聡牧師のブログ「久保木牧師のきらきら探訪」に以下のタイトルでなんと3本も速攻で書いてくださっています。
                マクナイト著「福音の再発見」を読む1…背景の違い
                マクナイト著「福音の再発見」を読む2…伝統的な神学、宗教改革に向き合う
                マクナイト著「福音の再発見」を読む3…どう適用するか

                久保木牧師は色々な角度からこの本の評価をしてくださっています。
                (※なお久保木牧師が指摘されたポイントについて余裕がありましたら、この場で何か書いてみようと思っています。首を長くしてお待ちください。)

                オンライン、オフラインのコメントから(名前や出所は省略させて頂きます。)
                スコット・マクナイトの「福音の再発見」を読んでいます。まだ、途中ですが、読みながら私の心にも指摘されている同じ疑問があったことに気がつきました。 また、福音は説明ではなく宣言だというのは、晴佐久神父の主張と同じでちょっとビックリしました。(^-^) いろいろ教えられています。

                書き込みながら、下線を入れながらゆっくりですが読み進んでいます。
                今まではっきりしなかった自分個人の救われ体験やその後の己の世界観、聖書観、歴史観が逸脱した状態ではなかったかな、と思い始めています。
                2000年の、5000年の歴史の中の私を思いめぐらしております。
                257pの解説が巻頭にあっても良かったかなという思いです。でも本を開いたらまず後ろから読めと聞いたことがあります、たしかにそうです。

                マクナイトの「福音の再発見」読中。これ、すっごい面白い!そうそう!って感じ。先を読むのが楽しみすぎる。
                といったところです。

                ではまた「発売後の反応」がありましたらご紹介します。

                | kojima | KJG | 20:04 | comments(0) | - | - | - |
                福音の再発見、発売後の反応
                0
                  タカ牧師です。

                  先週終了した「スコットさんってどんな人 インタヴュー編」には「いいね」を沢山頂きありがとうございました。

                  発売後10日が経ち、そろそろ反応がちらほらブログやFBで出始めているようです。


                  先ずありがたいことに教文館のイーショップ
                  の方では、ツイートが8件、「いいね」が55件、も頂いております。ありがとうございます。

                  またカトリックの
                  パウルスショップでも
                  ツイートが4件、「いいね」を3件、頂いております。

                  まあまあの売れ行きのようで応援団の一員としてはほっとしたりして・・・。

                  個人的にも知人の方々に買っていただいておりますが、10冊を越える数が出ておりまして、買っていただいた(予約注文中も含む)方々には感謝申し上げます。

                  ブログで親しくさせて頂いている「
                  のらくら者の日記」さんや、巨大クリスチャン・ブログ「命と性の日記」さんには紹介記事を掲載して頂き、広くこの本を知らしめて頂いて感謝です。

                  「のらくら者の日記」ブログでも引用されておりましたが、大変な読書家である、百姓とんちゃんさんの「どこかに泉が湧くように」では「
                  新刊書紹介」として本格的な紹介記事を書いて頂き、本書が提起している問題を鋭く指摘してくださり感謝です。

                  さらに
                  「どこかに泉が湧くように」の最新記事でも、ジョン・F・マッカーサーJr.『イエスの福音』を紹介しながら、テーマ的に重なるところの多い本書と比較して、
                  ただ私は、『イエスの福音』よりも、スコット・マクナイト『福音の発見』をおすすめします。今私たちに求められるのは、「イエスの福音」をもっとさらに包括的に見る視点だからです。
                  とご推薦いただき感謝です。

                  ではそんなところで一筆感謝のご報告をば。

                  | kojima | KJG | 20:41 | comments(0) | - | - | - |
                  スコットさんてどんな人Α.ぅ鵐織凜紂次粉亜
                  0
                    タカ牧師です。

                    しばらく更新が滞っている間に「福音の発見」は予定通り発売されました。パチパチパチ。

                    では早速インタヴューの残りです。

                    さてマクナイト教授、これまでの質問で読者の方々も幾らかマクナイト教授と日本との関係について知ることができ、「福音の再発見」をより身近に感じられるようになったことと思います。
                    ではここで思い切って本の内容について、私(タカ牧師)が少々案じていることについてお聞きしたいと思います。
                    おや、いよいよインタヴューの核心部分かな。どうぞ何でも聞いてください。できるだけお答えしますよ。
                    マクナイト教授は本の中で、福音派と呼ばれる人たちは実際には「救い派」である、と指摘していますよね。福音派の人たちが提示する「福音」は、実際には新約聖書の言う福音ではなく、むしろ「救い(の計画)」なんだと言うご指摘です。
                    そうだね、僕がこの本で主張しているのは、「“救いの”福音」とは人々が罪を認め、救いの決心に至らせるために、「救いについての教理」の諸要素を、論理を整え順序よく配置したものであるのに、それを新約聖書が言う意味での福音だと(間違って)思い込んでいる、と言うことなんだ。
                    そうですよね。だとすると私たち日本の福音派と言われるキリスト者たちも、基本的にはそのような「“救いの”福音」を聞いて「救われた」として来たわけですから、マクナイト教授の本を読むと「いや、それは聖書が言う意味での福音ではない。」と言うことになり、読者たちは「私は福音を間違って聞いていたのだろうか。すると私はもしかしたらちゃんと救われていないのではなかろうか。」と戸惑いや動揺を覚えるのではないか、と言うことなんです。
                    マクナイト教授はそのことについてどう思われますか。

                    一つ大事なことを先ず確認しておこう。私は「“救いの”福音」の教理的な部分、その中核的部分については正しいと思っている。
                    しかしもし福音はこれだけだと限定するならば、それは新約聖書の福音の見方から外れてしまう、ということなんだ。
                    と言うことは「“救いの”福音」を聞いて「救われた」キリスト者は自分の救いを疑う必要はないと言うことでしょうか。問題はそのような「救いの確信」を如何に堅固に聖書的基盤に据え付けるか、と言うことでしょうか。
                    そうだね。だから私は日本の読者に望むのは、ちょうど使徒の働きに出てくるべレア人(注:使徒の働き17章11節)のように、「一体聖書は何と言っているか」と聖書自体に直接問いを向けて欲しいんだ。
                    マクナイトは聖書では福音をこうだと言っているが、果たしてその通りかどうか一つ聖書に当たって直に調べてみよう・・・とね。
                    「福音の再発見」を読んで戸惑いを覚えたり、疑問を感じたりしたら、それで終わりにしないで聖書に当たってマクナイト教授の書いていることがその通りかどうか私たち自身が調べてみなくてはならない、と言うことですね。
                    その通りだね。その時こう言う順番で調べて行って欲しい。先ずコリント第一の手紙の15章。それから使徒の働きに出てくる説教。それから福音書自体が福音なのかどうかを問うてみて欲しい。そしてテモテへの手紙第二の2章8節を読んで、そこに言われていることが福音かどうか問うて欲しい。
                    そうですか。やはりべレアの人たちのように熱心に聖書を調べることが大事なんですね。
                    そうだよ。だから日本のキリスト者たちが私の本を読み、さらに新約聖書へと向かっていただけたら、それで私の役割は果たせたことになる。
                    マクナイト教授、今回はインタヴューのために時間を取ってくださりありがとうございました。日本の読者に代わって御礼申し上げます。

                    (※以上でインタヴュー記事は終了です。)
                    | kojima | KJG | 13:12 | comments(0) | - | - | - |
                    「福音の再発見」印刷上がり
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                       タカ牧師です。

                      「スコットさんてどんな人」のインタヴュー編を続けていますが、今日はいよいよ
                      カウントダウン
                      の目標日になりました。

                      現在の状況をお知らせします。

                      印刷上がりまできました。

                      (刷り上った本がキリスト新聞社に届いている画像はこちらでご確認ください。)

                      と言うわけで近日中に店頭に並んでいく予定です。

                      では期待してお待ちください。
                      | kojima | KJG | 15:28 | comments(0) | - | - | - |
                      スコットさんてどんな人ァ.ぅ鵐織凜紂
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                        「福音の再発見」出版まであと3日!

                        (今回はインタヴューの2回目。前回はコーヒーや日本食のことなど軽い話題から質問しました。今度はマクナイト教授と日本の関係について聞きます。)

                        マクナイト教授はおとなり韓国を含めて世界中あちこちの国々にいらしているようですが、日本はまだですよね。
                        日本についてはどんなイメージをお持ちですか。
                        そうだね、少し僕の生い立ちのことを話させて頂くけど、僕は海外伝道にとっても熱心な教会に育ったんだ。その教会は何人もの宣教師をサポートしていてね、その中に日本への宣教師もいたんだ。だからその宣教師が僕が日本を意識する最初のきっかけだったと言えるね。

                        そうですか、私が最初にアメリカを意識できたのは小学校1年生の時、アメリカに旅行して帰ってきた先生がスライドでその旅行の様子を見せてくれたのですが、とてつもなく遠い国に感じられて仕方なかったです。マクナイト教授にとって日本への宣教師一家を通して意識された日本はどんな存在だったのでしょうか。
                        僕の場合は日本をそんな遠い国として意識すると言うより、日本にいる宣教師家族のためにとにかく一生懸命に祈ることだったね。伝道活動が拡げられ、教会が建てられるように、教会の皆と祈った子供時代が懐かしいね。

                        そのお話を聞いて被宣教国である日本と、日本も含めて世界に宣教師を送り出す国アメリカと、育つ国によって「外国」を意識することがこんなにも違うのかと思わされました。
                        さて日本と言う国に対するイメージについて聞かせていただきましたが、具体的に「日本人」とはどんな関わりがおありでしたか。
                        そうだね印象に残っているのはノースパーク大学(注1)で教えていた時日本人の学生がいたよ。女子学生でね、とっても知的で、才能に恵まれていて、何よりしっかりした信仰を持っていた。彼女は母国に帰って日本の教会のために働くことを深く心に決めていた。
                        日本でキリスト者として生きることは、家族関係や社会との関係の問題があり、福音に忠実に生き抜くには大変困難な面があることを聞かされていた。だから、彼女のその覚悟を聞いて心にぐっと来るものがあったね。
                        だから僕の「キング・ジーザス・ゴスペル」が今回邦訳出版されることを聞いて大変光栄に思っているんだ。

                        (今回のインタヴュー質問はここまで。次回最後のインタヴューでは「福音の再発見」の内容について少し切り込んだ質問をします。)

                        注1:マクナイト教授は長らくノースパーク大学で教鞭を取っておられましたが(1994-2012年)、昨年からノーザン神学校(旧名ノーザン・バプテスト神学校)で教えておられます。



                        | kojima | KJG | 06:26 | comments(0) | - | - | - |